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2012年05月28日

2012年05月27日のつぶやき

fuukasanjin / 風花散人
テロと言う自覚はあったのか上祐。 #NHK at 05/27 21:19
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2012年05月27日

2012年05月26日のつぶやき

fuukasanjin / 風花散人
カルマなんて信じるんじゃないよ。そんなものは無いのだ。 at 05/26 20:06

fuukasanjin / 風花散人
久しぶりに窓を洗うような雨が降っている。 at 05/26 02:14
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2012年05月25日

あの時代―芥川と宇野-廣津和郎 その三

芥川は歩きながら、廣津に宇野の変調を肯定し、かつ羨望するような事を言った。「若しあのままになったとしても立派だよ。発狂は芸術家に取って恥じゃないからね。――宇野もあれで行くところまで行ったといふ気がするよ」

廣津はその言い方に反感を感じた。彼にとってはそんな芸術家の美学より現実の方が重要だったのだ。
桜木町の通りで宇野浩二が老母と障害を持つ兄と妻の肩を抱き「これだけが宇野浩二の家族だぞ!  おうお! おうお!」と咆哮した時の光景が廣津の頭には生々しくこびりつき、万が一宇野が回復しなかったなら、残された家族はどうなってしまうのかと心配だったのだ。

「そんな事は、併し芸術家として止むを得ないよ」と芥川は痩せた肩を聳やかす。
「君はほんたうにさう思ふかね」
「ああ、さう思ふよ」
「僕は芸術家の死時などといふものについてはてんで考へないね――僕は自分の事を云ふと、家族の者が自分よりみんな弱いやうに思ふので、僕がみんなを見送ってやらなければならないと思ってゐるね。その為には八十までも生きてやらうと思ってゐるよ」
「ほんたうに君はさう思ふかね?」
「ああ、ほんたうにさう思ふよ」

切れの長い芥川の眼には微笑とともに、少しばかり皮肉な色が浮かんでいたと言う。
この後三人はカフェで一休みし、何となしに亀戸の私娼窟へ円タクを走らせた。車を降りて同じ場所を目指す若者の群れに混じり、同じような格子戸の並ぶ家々の覗き窓を冷やかしながら、ただ黙々と廓の中を歩いて回った。

歩き疲れて、お茶だけでも飲まして貰おうと格子戸の奥の女に声を掛けると、彼女は二つ返事で立ち上がって木戸を開けようとしたが、その姿を見た芥川は突然おお!と叫び一散にかけ出した。
慌てて追いかけてきた廣津に、芥川は大きく肩を震わせて言った。

「見たか、あれを! あれは幽霊だよ」
「さうかね。そんなにも思わなかったが」
「おお、気味が悪い。地獄だね、やっぱり、此処は」
廣津は一笑に付しかけたが、彼の真剣な怯え様を見て、幻覚を見ているのだろうかと思った。

宇野の錯乱を芸術家の良き終わり方と嘯いていた芥川も、心の底では自分の身に置き換えて恐怖していたのかもしれない。

三人は気を取り直し、別の娼家の二階でお茶だけ飲ませて貰って一休みし、女には手を付ける事無く雨の中を帰って行った。
廣津が芥川と会ったのは、これが最後となった。

後日、廣津は芥川が自死する二日前に、宇野の妻の元を訪れ、宇野に上げて欲しいと菓子折りと浴衣地を差し出したと宇野の妻から聞いた。。
そして芥川は、宇野から来た手紙を懐から出し、それを宇野の妻に向かって読んで聞かせて暫くの間泣いていたそうだ。
「あの時代」廣津和郎

 理知で武装して戦へるだけ戦って来た弱い正直な魂が、刀折れ、矢尽きて、泣き崩れてゐるやうな侘しい姿を、私は宇野の細君の話を聞きながら思ひ描いてゐた。芥川君は警句を吐いて人をやり込めながら、後では「実は自分がやり込められた」と思ってゐた人なのである。議論で人を負かしても、「自分が負けた」と思ってゐた人なのである。或る人達は芥川君の「嘘」を指摘して得意になったが、併しその「嘘」から手痛い復讐を受けたのは芥川君自身の正直な魂であった。寧ろ病的な程臆病な良心の持主だったと云へるだろう。 

宇野の入院中に芥川は死んだ。芥川の悲報を聞いても宇野の症状に変化は無かった。宇野は神経質で小心ではあったが、その神経には一種の強靭さを持っていた。そして回復して後、彼を心配した母を看取り兄を看取り、妻を看取ってから息子の母である昔なじみの女性と再婚した後、七十歳で逝った。
廣津もまた両親と息子、妻を見送り、言葉通り七十七歳まで生き、死の直前まで現役であった。


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下:若き日の廣津和郎 (上は片岡鉄平か)

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左:若き日の宇野浩二 右:葛西善蔵

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鵠沼の東屋にて 真ん中:宇野浩二 右:芥川龍之介 (女性は谷崎潤一郎の元義妹せい子)



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posted by 風花散人 at 23:01| 北海道 雨| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月24日

あの時代―芥川と宇野-廣津和郎 そのニ

宇野浩二が錯乱する少し前の昭和二年、二月か三月の頃に、廣津和郎は歌舞伎座の廊下で、数年ぶりに芥川龍之介と会っている。廣津が煙草を吸っていると、いきなり芥川が寄ってきて廣津の肩を掴み「おお、君、俺はもうやりきれないんだ」と話しかけてきた。
痩せ衰えて蒼白な顔をした芥川は、廣津にこんな事を言ったのだった。

「今日鵠沼を出て来て汽車に乗ると、沿線が真っ赤に燃えてるんだよ」と彼は眼を大きく瞠って不思議な事を報告するやうに云った。
「え、何処か火事だったの?」と私は藤沢から横浜までの沿線の景色を思ひ浮べ、どの辺が燃えたのかと火事を想像しながら訊いたが、彼はそれきりその事には興味がなくなったやうに答へず、例の微笑を湛へた眼を少し伏せてゐたが、再び眼を上げると急き込んだ口調で他の事を云ひだした。
「君、義兄が自殺してね」
「ああ、知ってゐる、知ってゐる」と私はうなづいた。彼の義兄が近頃何か複雑な事情があって自殺したといふ事を、私は新聞で読んで知ってゐた。
「弱っちまふんだよ。あの後始末がまだついてゐないんだよ。あれも俺の肩にかかって来るし……その外にまだいろいろあるんだ……俺はもうやりきれないよ」
彼はしょんぼり肩をすぼめ、もう背負ひ切れないといふ表情をした。それが子供っぽくいたいたしく見えた。疲れ切ってくたくたになったといふ感じであった。



廣津は芥川に、我々はそういう義務を背負う年齢に来ているのだと慰めたが、それは自分自身に言い聞かせた言葉でもあった。
そして、芥川の言うことが何となく取り留めがないのを不審に思い、彼が自死を遂げてからは、この時の火事の話も幻覚だったのだろうかと回想している。

宇野浩二の精神状態が変調したのは、この年の六月の事だが、新潮社で一騒動起こした翌日、廣津は青山脳病院の斎藤茂吉を訪ね、宇野の家まで往診を依頼した。
廣津が茂吉の手が空くのを戸外で待っていると、そこに一台のタクシーが門を入ってきた。車から降りた夏羽織の男は芥川龍之介だった。

彼は宇野を訪ね、その様子に驚き、やはり斎藤医師に相談しようと病院を訪れたのであった。
廣津は、芥川が宇野の発病に怯えながらも、異常な好奇心を抱いているように見えたと言う。そして、宇野や廣津に、自分の持っている鎮静剤のヴェルナールを勧めたがった。

廣津が、どんなに眠れなくとも出来るだけ薬は飲まないつもりだと言うと、芥川は、不眠よりは薬を飲んで眠った方がいいと薬を押し付けようとしたが、結局廣津は受け取らなかった。このやり取りでも、二人の性格の違いが良く現れていると思う。

宇野浩二は斎藤医師の判断で、王子にある小峰病院に入院することとなり、彼の妻と廣津が付き添って病院へ行ったものの、診察の後で宇野は「入院を三日待って欲しい」と泣き出してしまい、改めて三日後に、今度は斎藤医師が付き添って入院させてくれたのだった。

肩の荷が降りた廣津と芥川、そして宇野の親友の画家の三人は、宇野の留守宅からぶらりと外へ歩き出した。


――つづく
posted by 風花散人 at 22:53| 北海道 雨| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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