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2012年02月29日

淫売婦-葉山嘉樹

前回の投稿つながりだが、葉山嘉樹というプロレタリア文学の作家が、やはり横浜の港町を舞台にした娼婦の短編小説を書いている。

「淫売婦」と言う作品だが、その作風が故に、度々収監されていた彼は、この作品を監獄の中で書いたと、冒頭に記している。

プロレタリア文学なので、同じ娼婦を題材にしても、吉行エイスケの作品のように退廃的な中に毒々しく煌めく美学などは微塵も無く、ただただ惨めで哀れな娼婦の末路を描写しているのだが、その娼婦を見る作家の眼は温かく情け深い。

葉山嘉樹は「セメント樽の中の手紙」など、底辺の労働者を主人公にした作品で有名だが、意外にも「死屍を食う男」と言う、岡本綺堂風な怪奇ホラーも残しているのだ。

「セメント樽の中の手紙」は悲惨な人生の中に、僅かに甘美な若い娘の恋心が潜んでいて、少々猟奇的だが、心に沁みる短編だ。

時代が彼をプロレタリア作家にしたが、世が世なら、もっと自由で面白い作品を残してくれたのではないかと、残念に思う作家の一人である。

作品は版権が切れているので、有名な作品は青空文庫で読めるが、「淫売婦」から幾らか抜粋してみよう。
興味を持たれた方は全文を読んでみる事をお勧めする。



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posted by 風花散人 at 00:52| 北海道 ☔| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

スポールティフルな娼婦-吉行エイスケ

旧遊郭や昔のカフェの建物には面白い造形のものが少なくない。
そう言った建築物の写真集やルポも、なかなか興味深いのだが、現在も稼働中の所謂風俗店の建物には興味が持てない。

もう20年も前だが、仕事で同僚とススキノの奥まった所に建っているビジネスホテルへ行って、会議の下準備をする事になった。

住所と地図を確認しながら目当てのホテルに向かったところ、平日の真昼間なので、その界隈には人っ子一人いなかった。
急に道が開けて広くなったと思ったら、その広い道の両脇には奇妙奇天烈な建物が軒を連ねていて、同僚と二人であっけに取られてしまった。

例えて言えば、右の建物はルネッサンスロココ調で、左の建物はギリシャ神殿、その隣は中国の宮殿で、向かいには江戸城といったところ。
要するにソープ街に入りこんでしまったのだが、あの真昼間に見た、生き物の影の無い非日常的な空間は、ちょっとSF的でさえあった。

バブルは崩壊し条例も変わり、もうあんな建物は無くなっているのではないかと思うが、その後は足を踏み入れていないので分からない。

たまにネット上で、若い女性が「遊郭に憧れる」と書いているのを見かけると、どういう意味なのだろうと首を傾げてしまう。単なる懐古趣味なのか?
江戸時代の遊女の平均寿命は二十三歳と、何かで読んだ気がするが、そんな人生に憧れるとしたら、かなり奇妙ではないか。

さて、話は変わるが、前に書いた吉行淳之介の父親は吉行エイスケと言う名前で、ダダイストの作家だった。
昔、朝ドラで「あぐり」と言う、彼の妻(美容師)の人生をドラマ化した番組があり、確か野村萬斎がエイスケ役だったと思う。

エイスケは十代であぐりと結婚し、解り難い短編小説を幾らか書いて、あっという間に筆を折り、後は株などに手を出して若くして亡くなっているが、息子の淳之介の小説などを読むと、女房を置いて息子と旅行し、旅先で愛人と待ち合わせるような、世間的にはアレな人だったようだ。

彼のアバンギャルドな文体は、ちょっと面白く、そして良く分からない。
「スポールティフルな娼婦」は、まだ分かりやすい方かもしれない。
横浜のチャブ屋を舞台にした短編だ。青空文庫で全文が読めるが、抜粋してみよう。


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posted by 風花散人 at 00:30| 北海道 ☔| 表現の彷徨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

泥棒日記-ジャン・ジュネ

文庫本や漫画のコーナーに行くと、十年くらい前にはなかったジャンルが増えていて、その中でも急激に数を増し、ちょっと異様に感じるのは、所謂BLのコーナーだ。

昔、少女小説と言えば「コバルト文庫」が有名だったが、こちらも何やらジャンル分けされ、その中の半分ほどがBLになっていて驚いた。もう「少女小説」など、とっくに死語であろう。

しかし、なぜ男同士の性愛ものが、あれほど女性に好まれるのか正直言ってよく分からない。

表紙を見ると、アニメ的な絵で、華奢な少女を男装させたような少年が描かれているものも多く、あれは「少女」でいいのではないかと思うのだが……。

察するに、異性愛だと、結婚、妊娠などの、現実的で所帯染みた未来を想像させて鬱陶しいし、かと言って女同士だと、体感的に生々しく感じられるので、美少年や美青年同士の性愛にファンタジーを求める、と言ったところか?

80年代の頃、少女漫画の中に、そういうモチーフが現れたが、考えてみれば、男女のベッドシーンはNGのそれらの少女雑誌に、男同士の絡みが描かれるのはOKだったのは奇妙な話だ。

それらの漫画のルーツは、ヘッセの「車輪の下」や、傍観者的立場で学生の同性愛について書いた、森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」であったり、完全な同性愛者であったジャン・ジュネの自伝的小説などであろうと推測される。

欧米の作家やアーティストの中に同性愛者は少なくないし、かつては、それによって生きづらい人生を送った者も多い。


1910年生まれのジャン・ジュネは、親に捨てられ感化院で少年期を過ごし、充分な教育も受けられず、若い頃は刑務所と淫売宿とを行ったり来たりしながら欧州を放浪した。
流離いながらの収入の手段は、もっぱら盗みと男娼である。

しかしながら彼は、思索すること、文章を綴ることに、教育など不要かもしれないと感じさせる豊かで複雑な文体を駆使して、詩や小説を書き綴っていた。

自伝的小説「泥棒日記」の中で描かれる彼の偶像は、ならず者の中でも、より美しく残忍で惨めであくどい男だ。
一緒に暮らすことになった若者が、あまりスレておらず純情で従順な美点を持っていることに彼は苛つ。

複雑な美意識を持つジュネにとって、そんな美点より、悪党の汚い裏切り方や、醜い負け犬の惨めさの方が、はるかに感動的な精彩を放つと感じていたからだ。

愛情深い女の子のように従順なリュシアンと寝ながら、彼との行く末を考えるジュネの言葉は甘美で優しい。

「泥棒日記」からの抜粋。


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posted by 風花散人 at 21:06| 北海道 ☔| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

原色の街-吉行淳之介

「原色の街」は第二十六回芥川賞候補に選ばれた、吉行淳之介の短編小説だ。
この作品では賞を逃したものの、第三十一回芥川賞に「驟雨」が選ばれる。作者三十一歳、結核病院に入院中の受賞である。

吉行淳之介の名前は、徐々に忘れられつつあるかもしれないが、女優吉行和子の兄であり、妻と離婚しないままに女優の宮城まり子と長い内縁関係にあった事は、彼の作品を読んでいない方も聞いたことがあるだろう。
本妻、内縁の妻以外にも、愛人や恋人があまた存在したようだ。

「原色の街」も「驟雨」も、娼婦とその客との物語である。
読み比べてみると「原色の街」の方が、ごく短い話の「驟雨」よりドラマ性が強く面白いと思うのだが、客の心理描写に重きを置いた「驟雨」の方が、当時の文学賞向きであったのだろうか。

「原色」とは、娼婦街である赤線に溢れる、どぎついネオンサインや娼婦の化粧、派手な服装などを現している。
娼館に暮らす、美しく娼婦らしさのない頑なな女が、ある晩、泊まりに来た男に嫌なからかわれ方をした事をきっかけにして、様々に目覚めて行く。
一方、その若い会社員は、上司の勧めで、ある令嬢と見合いをするが、その相手の本質は娼婦より淫らだった。
彼らと、他の娼婦や客の人間模様を織りまぜて物語は進み、その結末は意外だ。



作家本人は、娼婦を主人公にした作品を書いてはいるものの、そういう所に行ったのは二三回しかないし、娼婦には触れたこともないそうで、娼婦も赤線も、モチーフとして使っただけで、書きたかったのは男女間の思いのズレと、細やかな心理描写だったのかもしれない。

文章に強烈な個性は無いが、微かに色っぽく、静かで内省に富んだ心理分析をするタイプの作家だ。
多分、今の若い人達にはまどろっこしく、わかりづらく感じる部分もあるだろう。

まぁ、何でもアケスケに分かりやすく表現すれば良いと言うものでも無いので、純文学志向の方には参考になると思う。
男が見合い相手の女性に感じる、愛のない冷たい感覚が良く分かるので、抜粋してみよう。


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posted by 風花散人 at 23:58| 東京 ☀| 表現の彷徨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

赤い帽子の女-黙陽

芥川龍之介は、数多くの短編小説を発表しているが、男女についての事を執拗に描写するような作品は、寡聞にして知らない。

しかし、一作だけ、芥川龍之介の手によるものではないかと論じられている官能小説がある。
「赤い帽子の女」というタイトルで、作者の名前は黙陽(かげろう)と言い、大正初期の性の研究誌「相対」に発表されたのだが、すぐさま発禁本となり、戦後に復刊された時は伏字だらけだったそうだ。

この「赤い帽子の女」の原本は、全国でたった2セットしか残っていない、正に幻の奇書なのである。

作者が芥川だと、はっきりとした証拠は無いのだが、当時彼が他の文化人や作家と共に、この「相対」の会員だったことと、相対の代表者の妻が、芥川もある女との性生活を相対に書いたことがあると語っていた為、こういう推測がされたらしい。

「赤い帽子の女」は、ドイツに滞在中の、しばらく女との関わりが絶えている日本人の男が、肉欲のはけ口を求めて、小柄で愛らしい赤い帽子の女に声をかけたところ、素人ながらあっさりと安い金で体を許す事を承諾し、森の中で一度、ホテルの部屋で一度関係を持つという、ただそれだけの話である。

通りすがりの言葉も分からない若い娘に、いきなり筆談で「1時間幾ら?」と尋ねるこの男の行動は非常識だが、女は食事代にもならない僅か30銭ほどでいいと答え、彼を森の奥に誘うのだ。

芥川の作風は緻密でディテールに凝った、考えぬいた短編が多いのだが、この「赤い帽子の女」は、描写は克明だが、創作としての物語性は殆ど無い。
文学者の中には、芥川の作品とは考え難いという意見も多く、未だにこの作品の作者は謎のままだ。

読んでみると、文章としては素人のものではないと思える。実際にドイツに滞在し、白人の女性と肉体関係を持った人間の手記のようだ。

もし、芥川が実際に白人の女性と関係を持ち、それを文章に仕立てるとしたら、もっと何か物語性を高めるための工夫や、気の利いた風刺、細やかな心理描写があるべきでは無いかと自分も思う。

文章を幾らか抜粋したいが、当たり障りの無い部分だけにするのでご勘弁を。


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posted by 風花散人 at 18:32| 東京 ☀| 表現の彷徨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

彼方-ユイスマンス

【送料無料】 彼方 創元推理文庫 / ジョリス・カルル・ユイスマンス 【文庫】

ユイスマンスの「彼方」は、簡単に言うと、ある作家が悪魔的な中世の貴族、ジル・ド・レーについての本を書こうとしている時に魅惑的な人妻と出会い、刹那的な恋をして、関係が出来ると女を捨てる物語である。
しかし、この上品でありながら、どことなく淫らで背徳的な女性との逢瀬については、本の中身に対してごく僅かだ。

本の殆どの部分は、サディストとして悪名高いジル・ド・レーと、当時のオカルティスト達が行った、酸鼻を極める残虐行為や悪魔崇拝などの事細かな記述に割かれている。正直言って、主人公はいけ好かない男だし、小説としては退屈な本なのだが、澁澤龍彦がお好きな方なら興味が持てるかもしれない。
また、中世の神秘思想や悪魔崇拝に興味のある方にも、入門的なテキストになるだろう。

話はつまらないが、フランスらしい凝った描写と表現はなかなか面白い。
それと一つ、主人公の作家デュルタルが、所謂、創作キャラに欲情するのは罪だと意見を述べている点に興味を引かれた。

最近では、アニメや漫画のキャラクターを「二次元嫁」として、戯れ事ではなく、半ば本気で愛情を注いでいるように見受けられるケースが散見する。

このキャラクターが、出来合いのものではなく、自分自身の創造したキャラクターであったなら…。
彼は、それを「ピグマリオニズム」の罪と名付けている。

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posted by 風花散人 at 01:37| 東京 ☀| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月13日

続・画報近代百年史

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画報近代百年史第六集 裏表紙


昨日アップした、画報近代百年史だが、中身を知りたい方もおられるかと思い、少しだけアップする事にした。
適当にコンデジで撮ったので、見づらいかもしれないが、購入の目安にはなるのではないかと。

大判で、縦30センチ横21センチくらい。
厚みは5ミリ程度だが、画報と言うだけあって、400ページ以上にわたり図版とその説明書きで埋め尽くされている。画像は殆ど白黒だが、1〜2枚はカラーの口絵が収められている。

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ビゴーの「国会議員の本」から抜粋されたイラスト。壮士と議員が皮肉られている。



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文学にも多くページを割いている。森鴎外、幸田露伴、尾崎紅葉等など。


時代的に、日清戦争関連のものも多い。
↓ 
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posted by 風花散人 at 23:52| 東京 ☀| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

画報近代百年史

これもだいぶ前に、一冊100円で購入した古書なのだが「画報近代百年史」という続き物の一部である。
第一集が1850年〜1863年までで、全部で18集、1950年までの近代史をまとめたものだ。

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これらの本の背表紙側には、穴が四つ開いており、全部揃えてから特製の表紙を付けて自分で綴じるという、今で言うとディアゴスティーニみたいに、定期的に送られてくる画報なわけだ。

画報というくらいだから、今ではなかなかお目にかかれない写真やイラストが豊富だし、たまにはカラーの口絵も載っているので、歴史好きの方には魅力的な雑誌だと思われる。
記事の内容は日本の近代史が中心だが、同時代の西洋、東洋の大きな出来事なども散りばめられている。

ネットで調べると一冊300円から5000円くらいで売られていて、値段の幅が広いのだが、全部まとめて1セット三千円とお買い得だったり、逆に揃いで数万円の値を付けている古書店もあるので、欲しい方は書店に問い合わせて、状態などを含め色々比べてみるとよろしいでしょう。

自分の手元に有るのは、第五集と第六集の明治時代を扱ったもので、本当はもっと後の時代のものが欲しかったのだけれど、購入先の古書店がこれらの本の上に、山のように古書を積んでいた為、充分に手に取って見る事が難しく、また状態の良さそうなのがこれくらいしか無かったのだ。

しかし、表紙のデザインはレトロで色合いも洒落ていて、見ていて楽しい。

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編集後記が時代がかっていて面白く、当時の苦労が偲ばれる。ちょっとご紹介しよう。

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posted by 風花散人 at 15:53| 東京 ☀| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月11日

紅楼夢-曹雪芹

古書店に行くと、立派な函入りの文学全集がバラにされて一冊100円くらいで売られている事がある。
かなり前だが、そんな文学全集の中から「紅楼夢」を買ってきた。中国の古典的文芸作品だ。

硬い丸背のハードカバーには、ビニールのカバーが付いていて、持っているとこれがズルズル外れてどうも邪魔臭い。そして、このハードカバーを収める紙の函にも、ビニールでカバーが掛けられていた。いくら何でも過剰包装だろうに。
本自体が重いので、机に置いて読むタイプの本だが、こういう本のスタイルもどんどん廃れていくのだろう。

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さて「紅楼夢」をググると、やたらとエロい日本の二次創作ばかり出てくる。
「紅楼夢」は、古代中国の裕福な一族の栄華な生活を事細かに描いていて、その文化芸術を愛する豊かな生活は、今の中国人にも普遍的に人気がある文芸作品なのだが、どうもその富貴の影に当たる、自堕落で気ままな男女関係ばかりが日本人に受けているのではないか?

確かに主役のお坊ちゃま宝玉は、林黛玉という薄幸で神経質な美少女を心から愛しいと思いながら、あっちの女中、こっちの役者に心惹かれ「お前のその口の紅をぼくに舐めさせてくれ」などと言う、困った少年なのだ。

宝玉曰く「女は水でできた体、男は泥でできた体だから、ぼくは女を見るとさわやかになるが、男を見ると臭くてむっとする」
この時宝玉は僅か7〜8歳なのだから、その後は推して知るべしと言ったところか。

「紅楼夢」は結末がはっきりしない。最後の方の原本が散逸し、後世の人間が継ぎ足したり、それをまた外したりした為、はっきりしない終わり方なのだが、どんな栄華もいずれ没落するのが運命。意気軒昂だった人々の大半は、不幸になって死んでゆく。
ちなみに宝玉の出生の不思議と林黛玉との縁は、冒頭で象徴的に語られるが、そのへんはちょっとファンタジーっぽいので、長い作品ではあるが、若いラノベ世代にもお楽しみいただける物語だと思う。

それでは、まだ10歳かそこらの宝玉が、夢の中で出会った仙女に男女の秘儀を授かり、それを自分付きの女中相手に試みるところを抜粋してみよう。
蛇足だが、この時代の中国で、女中とは婢女、奴隷同然である。

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posted by 風花散人 at 00:20| 東京 ☀| 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

紛失した娘-空木恍太郎

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前回書いたが「ラティラハスヤ」の後半に収載されている、日本のお色気小説「紛失した娘」は、ある村の祭りの夜に、村でも評判の美しい娘が姿を消し、その娘が再び姿を現すまでの一日の物語なのだが、どちらかと言うと物語の主軸になっているのは、村の名家の出身で、美丈夫、裕福な若い医者の女性遍歴である。

学生の頃、世話になった下宿の人妻から始まり、美しい妻、十七になったばかりの小間使いと、次々情を交わすが、なにせイイ男なので、誰にも恨まれず、複数の女性に慕われたまま、また新しい女性が蒲団の隅に座って声をかけてくれるのを待っている、といった具合だ。

誠に男にとって都合の良い話なのだが、かの男が金も地位もあり性格が良く、且つイケメンに限るシチュエーションであろう。

昔のお色気小説なので、表現は今から見ればだいぶソフトで微笑ましいとさえ思えるし、女と床に入ったあとは、さっくりと話しを飛ばし、朝になっているのが常である。

では、妻が病気療養で留守の折り、手伝いにきた十七歳の娘とうっかり一緒に風呂に入ってしまい、そのあと一緒に寝る話しを決めてしまったくだりから抜粋してみよう。
お楽しみ頂きたい。





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posted by 風花散人 at 23:46| 東京 🌁| 表現の彷徨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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