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2012年09月26日

愛と死と-廣津和郎随筆集

古書店で購入した昭和22年発行の廣津和郎の著作だ。「愛と死と-廣津和郎随筆」は、男女の恋愛についての考察ではなく、廣津の家族に対する情愛と、彼らを見送った日々の記録である。

愛と死と 表紙

戦後の質の悪い紙を使っているせいか、劣化が激しく、表紙の柄がよく分からない状態だが、木や草原を描いた意匠で、目次には「表紙 ピエール・ボナール」と記されている。
フランスの印象派の画家らしいが、もやっとした模様のようにしか見えず残念。

冒頭の「はしがき」によると、この随筆集は、昭和15年に同じタイトルの「愛と死と」として出版され、戦時中に重版していたが、その後絶版になり、今回改めて内容を取捨選択し、新たな書きおろしを加えて再び発行したものだそうだ。

廣津和郎の父親は廣津柳浪と言う明治の人気作家で、尾崎紅葉などの朋友である。
幼い頃から、和郎は大作家達に可愛がられた境遇にあり、泉鏡花も彼をよく抱っこしてあげたと語っている。
彼はこの父の事を、可怪しいくらいに敬愛していた。それはもう、崇拝とも言える絶対的な愛情を捧げているように見える。
父が文を書けなくなり、日がな一日ぼうっとして机の前に座るだけの人になっても、その尊敬は生涯変わらなかったのである。

この随筆集の前半には、この父と、父の後添いにきた義母、そして若くして腎臓結核で逝った息子を見送った日々が静かに描かれている。
後半は、文学仲間の若かりし日の思い出が綴られている。

宇野浩二や葛西善蔵との破天荒な生活、芥川の子供っぽい意地悪を楽しげに振り返る文章が面白い。

廣津和郎本人は、他の同時代の作家のように代表作と言えるような小説を書けなかった事をいくらか残念に思っているようだが、こういった随筆や文学評論はなかなか良いのである。
理論的でわかりやすく、かつ着眼点と分析が鋭い。そして、しみじみと情緒に溢れているのだ。


父、柳浪についての思い出を書いた文を抜粋してみる。

「愛と死と-廣津和郎随筆集」 昭和22年8月25日発行 創藝社刊
父の死 一

*  *  *

 私の生みの母が死んだ時、私は八つだったが、それからといふもの、それまでも父を慕っていた私は、一層父思ひになった。私はよく父に抱かれて寝た。「お寶、お前はお父さまのお寶だよ」父は私にさう云っては寝床の中で頬ずりした。――今の母が來た時私は十二歳だったが、その時まで私は父に抱かれて寝てゐた。
 生みの母が死に、それから今の母が來るまでの三四年間、父は相當に放蕩をした。時には一ヶ月に一二回しか歸って來ない事があった。私は父が歸って來ない事を淋しがった。
 まだ矢來町にゐた頃――私は矢來町に生れて、十歳までそこで育った――だから、十歳頃の事だったと思ふ。私が淋しがるので、書生の一人が私にかう云ってからかった。
「先生は藝者買に行っていらっしゃるんですよ」
 私はその言葉にむっとした。その書生が非常に下等な事を云ふと思って、腹を立てたのである。
併しその言葉は私の心に残った。

*  *  *


遊廓に入り浸って「今戸心中」を書いた、柳浪らしいエピソードではある。

さて、この廣津の随筆は他にも面白い描写に事欠かないのだが、ちょっとこの「本」自体に面白い点があった。

昭和22年

これは裏表紙の見返しに残っていた、一番最初にこの本を買った人物の書き込みらしく、昭和22年9月26日、札幌 維新堂 とある。
維新堂は、かつて札幌に在った書店の名である。今は…ファッションビルの何処かに在るのだろうか?

赤い蔵書印は、墨と消しゴムで消されてはっきりしないのだが、谷口某とあるようだ。
実に65年前の今日、誰かがこの本を新刊で購入し、楽しみに読んだのだろうと想像するのも、また古書の楽しみの一つである。






posted by 風花散人 at 20:41| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

ワンワンものがたり-千葉省三

先日、古書店で購入した一冊。ほるぷ出版が、昭和49年に復刻したもので、「名著復刻 日本児童文学館 第二集21 千葉省三著 ワンワンものがたり」という長いタイトルだ。

原型は、昭和4年12月に金蘭社で出版した「きんらんゑばなし叢書第二編 ワンワンものがたり」である。

小さな子供向きのメルヘンな童話集で、「パパちゃん」が小さな息子に、飼い犬の「ワンワンちゃん」の物語を話して聞かせる、という体裁だ。


ワンワンものがたり

ばうやは、ワンワンが だいすきです。まいばん、ねつくまへに、おねどこのなかで、ワンワンの おはなしを してちゃうだいと せがみます。
「こんやは 桃太郎さんの おはなしで いゝでせう」と いっても、ききいれません。ほんとに こまった ばうやです。そこで、パパは、あたまを かいたり、おひげを ひねったり、まゆを、しかめたり しながら、ポツリ ポツリ、その ワンワンのおはなしを はじめます。さあ、ワンワンの おすきな みなさんも、ばうやと いっしょに この おはなしを きいて ください。


父親に、寝床で創作物語を聞かせて貰える息子が、日本にどの程度いるだろう。
随分幸せな少年時代ではないか。(例え、物語がつまらないものだったとしても)


保護箱、函、丸背ハードカバー、カラー口絵付き。装幀と挿画は川上四郎氏。

保護箱は省略して、函がこれ。今でも通用するモダンなデザインだ。

DSCF0837.JPG


表紙。

DSCF0838.JPG


見返し。藤色のアシメトリーなチェック柄。

DSCF0840.JPG

中身も罫線が美しい。見開きごとにインクの色が変わる(二色)。

DSCF0839.JPG


 ↓ 別の出版社での復刻版。タイトルの入れ方など、若干デザインが異なるようだ。



posted by 風花散人 at 22:49| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

カストリ時代-林忠彦写真集

もうすぐ終戦記念日なので、昭和二十一年の東京を活写した写真集を紹介しましょう。
写真家林忠彦氏の大判写真集「カストリ時代 昭和21年、東京、日本。林忠彦写真集 文―吉行淳之介」

白黒写真ではあるが、どの写真もとても綺麗に撮れている。
昭和21年に北京から東京に戻った林氏は、機材の不十分な中、カストリ雑誌の仕事を数多く引き受け、終戦後の東京を撮りまくったそうだ。


上野駅、引揚げ


上野駅、引揚げ


三宅坂、参謀本部前 浮浪児


参謀本部前の浮浪児

犬を背負っている少年は、生き物の温もりが恋しいのだろうか。



新宿


新宿

子供のような顔をした酒場の女


銀座、露店


銀座、露店

家と仕事のある者は、いち早く身だしなみを整えて日々を生きる。
露店と都電、英語の住所表示は、香港を思い出させる景色だ。



巻末に吉行淳之介のエッセイ「スルメと焼酎」が掲載されている。
東大に入学したものの、貧窮を極めカストリ(密造酒)さえ買う余裕が無かった吉行氏が、社員として働くこととなった出版社で、ラテン系のような凛々しい顔立ちをした林忠彦氏と出会った当時を振り返った掌編で、なかなか面白かった。

この写真集は昭和55年に朝日ソノラマが発行した大判の写真集なのだが、その後、文庫となり他社から再販されている。タイトルが少し違う単行本も出ているが、これは若干写真の内容が違うようだ。

大判で見た方が写真の細部も良く分かるので、最初に出たこちらの写真集をお勧めしたい。
当時の定価は四千八百円。
装幀と紙の選択も良い。


カストリ時代―昭和21年,東京,日本 林忠彦写真集 (1980年) [−] / 林 忠彦, 吉...



カストリの時代 [単行本] / 林 忠彦 (著); ピエブックス (刊)

カストリの時代 [単行本] / 林 忠彦 (著); ピエブックス (刊)

posted by 風花散人 at 21:36| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月03日

創元選書の二冊

少し前から、ちょこちょこ読んでいた「孤猿随筆」を読み終わった。これは今も岩波文庫から出ているので、どなたでも手に入る本なのだが、自分の手元にあるのは、創元社が発行した創元選書の一冊だ。
昭和十七年の第六刷で、当時の定価は壹圓貳拾錢(一円二十銭)。

戦時下ではあるが、まだ紙の供給は余裕があったのか、丸背ハードカバーの立派な造りである。

孤猿随筆

紙のカバーを剥がすと、本体の装丁も美しい。スピンは鮮やかなブルーだ。

孤猿随筆本体

巻末には、昭和十三年から、この時まで刊行された既刊案内も掲載されている。
柳田国男氏の検印も有る。
この創元選書の編集長は、柳田国男に重きを置いていたのか、このシリーズには彼の著作が飛び抜けて多いのだ。

柳田国男検印



そして、もう一冊手元にある創元選書の一冊は、田山花袋の「東京の三十年」
これも、未だに刊行され続けている息の長い本である。

東京の三十年

これは昭和二十二年の初版だが、「東京の三十年」自体の初出版は大正六年である。

一見、上記の「孤猿随筆」と同じ造りに見えるが、実は戦後の物のない時代に刊行された為、簡易な装丁になっていて、ハードカバーではなく、見返しに直接紙の表紙を貼りつけた、ペーパーバックなのだ。
サイズも少し小さく、紙も仙花紙と呼ばれるざらついた紙を使用している。スピンも無い。

比べると、こんな感じ。

創元選書

しかし、モノとしての造りが荒くなってしまったからと言って、決して値段を安く出来るような状況ではなかったのだろう。
「東京の三十年」は、なんと定価が六十五圓なのだ。

創元選書

僅か五年でこの値上がりであるが、超インフレ時の事なので、まぁ当然と言えば当然の価格。
しかし、戦争が終わって、日本人がどんなに本を読みたいと熱望したかは、想像に難くない。
値段が高くとも、何とかして都合を付けて買った人も多かったろうと思う。

創元選書は、古今東西の文化的な良書を次々と刊行し続け、創元社は紆余曲折を経て現在も文化的な書籍を発行している。

こういう瀟洒な装幀の良書が、絶版になった後も数十年に渡って人から人へとリレーされるように読み継がれて行くのは、発行に関わった人達にとって、さぞ誇らしく嬉しいことだろうと思う。


posted by 風花散人 at 21:30| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

邪宗門-北原白秋

先日、古書市で購入した一冊。北原白秋の詩集「邪宗門」だ。本来は、この凝った切り抜きのある函の上に保護箱が附くらしいのだが、それは無かった。
明治に出たものではなく、昭和後期に近代文学館で企画し、ほるぷ出版で出した名著復刻全集の一冊。
復刻版だが、大変贅沢に作られている。

北海道文学館で明治に発行されたものを見て、良い品だと思っていたし、状態がとても良かったので即買い。

邪宗門函


表紙:タイトル、作者名は金文字。昔のものは木版と革装丁だったのかも。
天金、小口と地はアンカット。使用されている紙は厚く、クリーム色がかっている。

邪宗門表紙


扉の挿画も、元は木版画か。

邪宗門扉


挿絵の一つ「魔睡」とは良いタイトル。猫はいつも睡魔に襲われているのだろうか。石井柏亭という方の作品らしい。

邪宗門挿絵

この本、ほとんど開いた形跡が無い。勿論アンカットもそのままで、一頁も開かれていない。

この本が置かれていた場所に、同じ復刻集である、萩原朔太郎の「青猫」だとか、詩集が何冊か並んでいたので、このシリーズを買ったものの詩には興味が無い方が、そのまま手付かずにしていたのを手放したのかもしれない。

あまりに状態が良いので、頁を切り開いて読むのが勿体無いのだが、どうしたものだろうか?
本の奥付に、定価が印刷されていないので、元々いくらで売られていたのかも分からないが、かなり安く買えたようだ。




太陽 No.196 1979年8月号 特集:北原白秋と九州 白秋の時代/思ひ出のふるさと/邪宗門の旅ほか 【中古】afb

太陽 No.196 1979年8月号 特集:北原白秋と九州 白秋の時代/思ひ出のふるさと/邪宗...


posted by 風花散人 at 21:16| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

漱石 寅彦 三重吉-小宮豊隆

最近古書店で買った本だが、函が無いせいか大分安かった。

小宮豊隆著「漱石 寅彦 三重吉」昭和17年初版 岩波書店 定価弐圓五拾銭

DSCF0386.JPG


内容は漱石門下であった小宮豊隆の、漱石の思い出話が六割、同じく漱石門下で物理学者の寺田寅彦の思い出話がニ割、同様で「赤い鳥」を主催していた童話作家の鈴木三重吉と、一世代下の漱石門下であった芥川龍之介の思い出が一割ずつといった配分だ。
正直言って内容はそれほど面白くはなく、少々中途半端な印象は否めない。

しかし、この本自体が随分立派なのだ。函に入れて保管していたのだろうと思うが、戦時中の本の割には傷みも少なく、しかも驚くほど使われている紙の質が良い。
丸背のハードカバーなのだが、表紙、裏表紙に使われているであろうボール紙は厚く丈夫で、その上を「奥州白石産和紙胡桃染め」という分厚い和紙が包んでいる。見返しにも「奥州白石産和紙筋紙」を用い、その事も明記されているので、装幀をかなり重視して作られたようだ。

表紙にはタイトルを載せず、背表紙にだけくすんだ紅色で入れているのだが、著者の名前はない。

漱石寅彦三重吉



著者の小宮豊隆は、作家としての名声は特にないが、漱石の全集を作るのに尽力した人物として知られている。「三四郎」のモデルと見られていたようでもあるが、この本によると、小宮豊隆の故郷の話や思い出を漱石が参考にしていた程度の事らしい。

漱石の事を尊敬というより崇拝していたようで、明治四十三年八月、漱石が胃潰瘍の療養の為に修善寺に行った際、大吐血して一時命も危ぶまれたが、その時小宮は故郷の九州から急ぎ修善寺へ向かい、家族以上の細やかな気配りをもって漱石の枕元に侍った。
枕辺を飾る為、野の花を摘みに行き、アイスクリームを作って上げるのである。……アイスクリーム?

「修善寺日記」からの抜粋

*  *  *

 九月八日(木)
 
――昨日アイスクリームを作って上げたら、食鹽の分料が少し多すぎて、鹽からくて氣の毒だった。クリームがあればフィラデルフィアを作るんだが、ないから、クリームぬきのネアポリタンにしたのである。今日は朝から雨が降って、うすら寒い。アイスクリームを召し上がりますかと看護婦に訊かせたら、今日は寒くてたべられやしないと言はれる。それにあんな鹽っ辛いのはいやだと言はれる。今度拵へる時はもっと旨いのを拵らへてあげますと言って置く。

*  *  *

まるで色女のような親切さだが、クリームぬきのアイスクリームとは一体何ぞや? 塩は多分氷を冷やす為に使ったのだろうが、アイスクリーム自体が塩っ辛いというのも解せない。ネアポリタンとは「ナポリタン」の事だが、ナポリのアイスクリームとはシャーベットの事なのだろうか。いずれにせよ、胃潰瘍の患者に氷菓は良くない気もする。

寺田寅彦と鈴木三重吉の思い出話は、ほんのおまけ程度で、この二人も漱石同様、大変な癇癪持ちだったらしい。鈴木三重吉の酒乱は有名だが、寺田寅彦も激しやすい性格だったのは意外だ。家族に手を挙げる事も有れば、憂さ晴らしの為に、自分の茶碗を縁側の沓脱ぎの石にぶつけて割ったり、畳に火箸を突き刺すような事もしたそうだ。 
漱石が「神経質にして仙骨を帯びたるもの」と評した寺田寅彦は、科学者の論理性と気骨を持ちながらも、癇癪持ちで寂しがり屋だったと小宮は記している。

鈴木三重吉については、特にこの本に入れなくても良かったのでは、と思う程度の内容しか記されていない。困った人物だが、文學に対しては真摯で先見性が有った等。

そしてタイトルにはないが、芥川龍之介の死について二篇収載されている。芥川龍之介も又、夏目漱石門下だった為、芥川が自死する少し前、東北、北海道へ講演旅行に行く途中、仙台に住む小宮の元を訪ねた時の思い出話がしみじみとしている。

夏目漱石は明治の文豪として名を馳せたが、小説家として活躍したのは、ほんの十年程度で、五十歳にもならない若さで亡くなった。遺族は漱石門下の弟子達に何くれと支えられたそうだ。


酒仙栄光 松山浪漫シリーズ(秋山真之・正岡子規・夏目漱石)ラベル飲みくらべ3本セット
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posted by 風花散人 at 23:04| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月03日

フランス詩集

先日、文学館で装幀の美しい詩集を沢山見たせいか、詩集もいいなと思うようになった。家に有る詩集(歌集)と言えば、漢詩の本が一冊、山頭火の本が二冊くらい。欧米のものは無い。(あまり興味が無かった)

で、古書店に行って物色してきたのだが、なかなか装幀の綺麗な、丸背ハードカバー「フランス詩集 愛蔵版」という本が投げ売りされているのを発見。
中身もきれいでビニールのカバーも付いているのだが、函が付いていないのだ。

でも100円なので買った。
表紙は黒いマットな紙に、銀のインクでビアズリーの(多分)イラストが刷られ、金文字で「フランス詩集」とタイトルがある。
家に帰って開いてみると、タバコの臭いが……。火のついていないタバコの匂いは嫌いでは無いけれど、一度人の呼吸器を通って出てきたタバコの煙は臭い。

日干ししておけば消えるだろうか?
あまり読まれた形跡も無いのに、タバコの匂いは染み付いているのだから、煙の粒子は侮れないな。

さて、この詩集は、ランボーやベルレーヌなど、フランスの著名な詩人を紹介し、その作品を幾つか紹介するというシンプルな内容で、訳者は堀口大學や上田敏、福永武彦と言った重鎮である。
取り敢えず、フランスの詩に触れてみたい人には良いかもしれない。

一篇、抜き書きしてみよう。

*  *  *

フランス詩集 浅野晃編 白凰社 昭和56年二版

 シャルル・ボードレール

 前世


ぼくは広い柱廊の下(もと)で 長く暮らした。
海の陽は 千々の火の色に染められ、
直立した厳かな太柱は、
たそがれに 玄武洞のようになった。

大波は 空の姿を揺すり、
波音の豊かな音楽の絶大な調べと
ぼくの目に反映する落日の色を、
荘重(そうちょう)で神秘な仕方で混ぜ合わした。

ぼくはそこで静かな悦楽のうちに暮らした。
蒼空と、波と、きらめくものとに囲まれ、
香料にしみた裸の奴隷たちに侍(かし)ずかれて。

彼らは棕櫚の葉でぼくの額をあおいでくれ、
ぼくを衰弱させた苦しい秘密は何かと
知りつくすことを唯一のつとめとした。

 La Vie anterieure

 佐藤朔 訳

*  *  *

改造社版の若山牧水の詩集と迷ったんだけどなぁ、状態が悪かったんだよなぁ、アレ……。



フランス詩集 (1975年) [−] / 浅野 晃 (編集); 白凰社 (刊)

posted by 風花散人 at 23:56| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月01日

書物の美〜明治・大正期の詩集〜

北海道立文学館

北海道立文学館
常設展プレミアム 書物の美 〜明治・大正期の詩集〜


意外にこの文学館は、面白い企画をしてくれる所で、今までも本のみならず「紙モノ」を色々紹介展示している。しかも観覧料が安い。今回は一般400円で、この展示と常設展を観覧出来る。
以前、手製本の豆本や、北斎の版画を紹介したこともあったし、挿絵画家の紹介もあった。

美術館では、こう言った細かい企画は立ててくれないし、街のギャラリーは売れないものは扱ってくれないので有難い。

本好きで札幌近郊にお住まいなのに、一度もここを訪れた事の無い方は、どうぞ一度訪ねて見て下さい。中島公園の中に在ります。これから桜も咲き始めます。

今回の展示は北原白秋や萩原朔太郎、室生犀星、竹久夢二など、大御所詩人の凝った装幀が麗しくも珍しい、稀覯本が拝めるのだ。
会場が手狭なので、本の展示方法が少々せせこましいが、それは仕方ない。

それにしても、どの詩集の装幀も個性的で凝っている。文庫本でさえ、今の本よりずっと趣きのあるデザインしていて、見ていて楽しい。
装幀家で画家の恩地孝四郎が「装幀ではなく装本だ」と言ったのも頷ける。表紙のみならず、紙から活字から、全てを総合して本のデザインするわけだ。
そして、結局は作家本人がデザインをしたくなってくる。詩集なら尚更だろう。
今、こんな贅沢な本は、普通の出版社では作ってくれないだろうと思う。

最近は、純文学の文庫本が、表紙をアニメ、漫画絵にするのが流行りのようだが、ああいう表紙だと、年をとるにつれ、段々手元に有るのが恥ずかしくなってくるのではないだろうか?
本の装幀は、時代、世代を超えて愛されるものが良いと、改めて思ったりするのである。


草枕 (岩波文庫) [文庫] / 夏目 漱石 (著); 岩波書店 (刊)






posted by 風花散人 at 20:55| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月30日

女郎のうた

「今は幻 吉原のものがたり」は、「本郷菊富士ホテル」などで、明治大正の文士たちの生き様を著した近藤富枝の本である。
今は幻 吉原のものがたり (講談社文庫) [文庫] / 近藤 富枝 (著); 講談社 (刊)

明治後期に、吉原遊郭で下新(下働きの女中)をしていた女性から聞き取りをしたルポルタージュ。
遊廓で遊んだ男たちや経営していた女将の談話ではなく、従業員目線なのが面白い。

一見、華やかな遊廓の花魁を、貧しい娘たちの中には、憧れの目で見る者も少なくなかったそうだが、一度遊女になってしまえば、借金は減るどころか増える一方という、詐欺のような奴隷的搾取を受ける。

その上、病気は移される、客に無理心中は仕掛られる、ボロボロになるほど肉体を酷使し、やっと年季明けしても、結局借金は残っているし、芸者と違って、外へ出ても就ける仕事は殆ど無い。

当時の文士達も、吉原で本気の恋愛をしたり、擬似恋愛のゲームに明け暮れて小説にしているが、遊女たちの廓内での苦しみを、親身になって書いた作家は少ない気がする。
遊廓が、男が男の為に作った、非日常的なエンターティメントの空間だからだろうか。


17歳で新吉原の大店「角海老」の下新になった小島ふよは、こんな歌を聞かされた。

* * *

妾(わたし)が父(とと)さん母(かか)さんは、幼い時分に世を去られ、夫(そ)れから他人に育てられ、七つの時からまめになり(奉公に出ること)、十四の春から店に出て、赤襟赤熊(しゃぐま、獣毛のかもじ)のあどけなく、赤い仕掛着(しかけ)で店を張り、お客の登楼(あが)るを待つけれど、上から下まで玉揃い、お客の迷ふも無理ぢゃない。

たまにはお客もあるなれど、妾の頼みになりやせない、早く女郎を廃業し、堅気の丸髷繻子の帯、をしどりきどりで折詰(おり)を下げ、其儘廓内へ廻りこみ、格子へ寄りて朋輩の、朋輩女郎衆に羨ませ、末は二人で情死か、厄介ぢゃ、厄介ぢゃ

* * *

明治三十三年、娼妓は自由廃業が認められることとなったが、廃業した後も楽では無いことを示唆しているようだ。




posted by 風花散人 at 23:50| 北海道 ☔| 古書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

文學の三十年-宇野浩二

宇野浩二の著書「文學の三十年」は、20代から50歳頃までに、読んだ本、会った文学者、文学上の出来事やその他の思い出を、月に一度連載して欲しいと言う依頼があって書かれたものだ。

「文學の三十年」というタイトルは、田山花袋の「東京の三十年」やアルフォンス・ドーデの「巴里の三十年」にならって付けたそうだ。

DSCF0224.JPG
昭和18年版 中央公論社 (函があるはずなのだが)


宇野浩二は、残念ながら今現在、あまり読まれることのない作家で、青空文庫でも短いエッセイしか紹介されておらず、彼の小説を読みたい場合は、大きめの図書館へ行くか古書店を探すしかないだろう。

さて、この「文學の三十年」は、彼の交際していた文士達のプライベートや、当時の文化的背景が良く解って面白い本なのだが、どうも文章があまり上手くない。

しかも、書きながら思い出し、思い出しながら書いたものを、そのまま出版したのか、話はちょくちょく脱線するし、前の章で書いたのは間違いで、こっちが正しいとか、どちらが正しいのかもう全然思い出せないと放り出してしまったり、随分雑なところがあるのだ。

本当に、これを書いた人物が、博覧強記で同輩をうならせた文士なのかと、首を捻ってしまうが、それでも彼が二十歳で上京し、早稲田大學英文學科豫科に入学してから壮年までの思い出は、大変面白いエピソードに満ちている。

親友だった廣津和郎はもとより、葛西善蔵、佐藤春夫、菊池寛、直木三十五、三上於菟吉、江口渙、谷崎潤一郎、芥川龍之介、上林暁などが若々しい姿で蘇ってくる。

面白いエピソードの一つに、宇野浩二が日本の昔話をモチーフに、鼻を高くし過ぎて身を滅ぼした男の童話「龍介の天上」を発表したところ、周囲が芥川龍之介に対する当てこすりと捉えたか、芥川が音頭を取って「宇野浩二撲滅號」を出すという噂が流れたという話があった。

その顛末はこちら



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