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2012年06月22日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その十


「私は思ひ違ひをして居た。死ぬ時は、互に手を取ってめそ/\泣き合って、溶けて行くやうな心持に成らなきゃ死ねない。私の爲に泣いて呉れる相手でなきゃ、手は下せない。」
 何か言ふだらうと思って待って居たが、女は突伏したまゝ返辭をせぬ。(略)
 やがて女は思出した様に、男の手を執って揺振りながら、
「私は行く、先生の被行やる所まで行く。」
「樺太迄も?」と、男は女の顔を見辺した。
「何處へでも。」
「死ぬ處まで。」
女は笑顔を見せて點頭く。

朋子は、はっきりと要吉に対する気持ちを言葉にする事はなかったが、彼と離れないと言う意志だけは伝えた。
彼らは、この晩も徹夜をし、朝一番で宿を立つと、人力車に乗って山の麓へ向かった。春三月の塩原の山は、まだ雪に閉ざされていて、とても山越え出来るような状況ではない。

特別な装備も持たないまま、山を超えようと北へ向かって歩き出した二人は、暢気にも途中で見かけた民家や、炭焼き小屋の主に、お湯を飲ませて貰ったりしながら、闇雲に雪山を登って行った。

そして歩き続けて日が陰る頃、二人はトヘトになって雪の中に座り込んでしまう。要吉は持参していたウィスキーを飲んで体を温めようとするが、もう歩く気力は湧かなかった。朋子は突然、要吉の手紙の束をここで燃やそうと言い出し、手紙にウイスキーを掛けてからマッチで火をつけるのだった。

朋子に対して、愛憎の入り混じった感情を抱いた要吉は、懐の短刀を山の谷間に放り投げてしまう。

「私は生きるんだ。自然が殺せば知らぬこと、私は最う自分ぢゃ死なない。貴方も殺さない。」
 二人は顔を見合わせたまゝ聲を呑んだ。天上の風に吹き散らされて、雲間の星も右往左往に亂れて見えた。女は又叫ぶ。
「歩きませう。最っと歩きませう。」
「うむ、歩きませう。」

二人は雪明りをたよりにして、風の中を行く。
歩いては雪に足を取られて倒れこみ、眠ってしまいそうになった時、要吉は朋子に、もっと歩こうと手を引かれてまた立ち上がる事を繰り返した。
そして、月の光が次第に朝の光に変わる場面で、この物語は幕を閉じる。

大正二年十一月二十四日 新潮社からの発行である。

*  *  *

さて、この雪山の道行であるが、森田草平は、体を温める為に飲んだウィスキーと、三日もの徹夜の疲れで寝込んでしまい、塩原の宿の人達が気を利かせて捜索に来なかったら、凍死していたかもしれなかった。しかし平塚明子は、ぐったりしている男を、もっともっと歩こうと、腕を掴んで急き立てていたのだから怖ろしい。

森田草平が事件の後、夏目漱石にかくまって貰い、この事件を小説に書くよう勧められて、朝日新聞に連載を始めたのは、最初に書いた通りである。元より、きちんとした仕事の無かった草平が、この「煤煙」によって、一躍文壇に踊り出たのは、流石漱石の慧眼と言ったところか。

そして、両親にこってり絞られた平塚明子は、この事件で潰れる事はなく、世間の注目を逆手に取るごとく、母からの出資を受けて、女性だけの文芸雑誌「青鞜」を創刊する。明子もまた、この事件をジャンピング・ボードにして自立の道を進む事になるのだ。

既に文壇の花形であった与謝野晶子らの協力もあり、そのスタートは華々しいものであったが、当時の文士達には概ね不評で、編集者である平塚らいてうや伊藤野枝の恋愛問題によって内部がこじれ、空中分解した後は、表紙の綺麗な雑誌だった程度の認識で終わってしまう。
平塚らいてうが、婦人活動に力を入れ始めるのは、青鞜を辞めて年下の画家と家庭を持って後の事である。

「煤煙」は、あくまで森田草平側から書いた「塩原事件」である。平塚らいてう側の視点に興味の有る方は「元始、女性は太陽であった」を読まれるといいでしょう。
自分は読まないけど。上下続完と、こちらも四巻有るらしい。


――完



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2012年06月20日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その九

夜汽車に飛び乗った二人は、一旦大宮で汽車を降りた。翌朝の汽車で東北へ向う事にして、駅近くに宿を探した。
座布団に座り、朋子は初めて自分の家や夜族について要吉に語るのだった。彼らは今まで、お互いの事をろくに知らないままに付き合っていたようだ。

宿の男が床を敷き、火鉢を下げてしまうと、要吉は朋子にもう休もうと声を掛けた。この言葉にはそれなりの意味があると思うが、朋子は頑なに自分は寝ないと言う。
彼女は家から、短刀と、要吉から受け取った手紙を持ちだしてきた。そして、家人宛てに置き手紙を残してきた。

 我生涯の體系(システム)を貫徹す。われは我がCAUSEに因って斃れしなり。他人の犯す所に非ず。
  三月二十一日夜
               眞鍋 朋

そして禅寺仲間である王子の友人にも一通

 拝啓、我が最後の筆蹟に候。今日學校に行きませんと申せしは、實は死すとの事に候。願わくば君と共ならざるを許せ。君は知り給ふべし、これは決して戀の爲人の爲に死するものに非ず。自己を貫かんが爲なり、自己の體系(システム)を全うせむが爲なり。孤獨の旅路なり。天下われを知るものは君一人なり。我が二十年の生涯は勝利なり。君安んぜよ。而して萬事を許せ。さらば――
 明治四十一年三月二十一日

朋子は自分の一生を自分らしく貫く為に死ぬのであって、恋の為男の為ではないと言い切っている。そして心中相手の男より、同性の親友の方が自分を理解してくれていると言い置いているのだからいい気なものだ。自己を全うしたくて死ぬというなら、自分一人で全てを決行すべきではないか。妻子ある男の袖を引いて、何を言っているのか。後々、この遺書を賛美した人達もいただろうが、気位が高く、死だの運命だのに陶酔したお嬢さんのお遊びにしか思えない。

寝ずに朝を待つ二人であったが、朋子は子供の頃の思い出話を始めた。

「何日かも姉が大切に飼って居た金絲雀を殺して仕舞ったことが有るんです。矢張七つか八つの頃でしたらう。何を怒ってだったか、今は記憶えて居ません。姉の居ない間に、鳥籠の中へ手を突込んで、金絲雀の頭へ留針を打込んだのです。二三度ばた/\と羽翼を動かした切りで、鳥は死んで仕舞った。血も出ないし、和かい毛が被さってるので、留針も分からない。到頭如何して死んだか知れずに仕舞った。今でも未だ私が殺したとは誰も知りますまい。
「今でも」と、要吉は息を詰めた。

怖い女である。
やがて一番鶏が鳴き、彼らは身支度を整えて駅へ向かい、一番列車に乗って北を目指した。そして栃木県の西那須野で汽車を降りると、人力車に乗って塩原温泉に宿をとった。朝一で出たのに、もう日暮れである。要吉は宿帳に本名を記すが、朋子はそれを見てにっと笑った。

夕食を取った後、要吉が朋子を温泉に誘うが、一緒に行くのは嫌らしく、彼と入れ違いに湯に入る。
部屋に戻ってきた朋子の洗い髪を美しいと思った要吉は、側にきた朋子を抱こうとするが、彼女は要吉に懐から取り出した短刀を握らせてこう言う。
「早く、早くして」と。

躰を許さず、愛しているとも言わずに泣くだけの朋子を膝に抱いたまま、要吉は次第に気持ちが挫けていった。
朋子は心中のやり甲斐が無い女なのだ。


――つづく



posted by 風花散人 at 00:44| 北海道 ☔| 煤煙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月19日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その八

夏目漱石の小説「それから」の六章には、主人公が新聞に連載している「煤煙」を読んで、自分と煤煙の主人公は全く性質が違うと感じるくだりが書かれている。
「それから」の主人公は独身だが、友人の細君に同情するうち本気で愛してしまい煩悶する。

「それから」夏目漱石

それを彼所迄押して行くには、全く情愛の力でなくつちや出来る筈のものでない。所が、要吉といふ人物にも、朋子といふ女にも、誠の愛で、已むなく社会の外に押し流されて行く様子が見えない。彼等を動かす内面の力は何であらうと考へると、代助は不審である。あゝいふ境遇に居て、あゝ云ふ事を断行し得る主人公は、恐らく不安ぢやあるまい。これを断行するに※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)躇する自分の方にこそ寧ろ不安の分子があつて然るべき筈だ。代助は独りで考へるたびに、自分は特殊人(オリヂナル)だと思ふ。けれども要吉の特殊人(オリヂナル)たるに至つては、自分より遥かに上手であると承認した。それで此間迄は好奇心に駆られて「煤烟」を読んでゐたが、昨今になつて、あまりに、自分と要吉の間に懸隔がある様に思はれ出したので、眼を通さない事がよくある。

漱石は、朋子こと平塚明子という変わった女については興味を持ったようだが、要吉と朋子の、あまり真剣ではないくせに、やたらと情熱的かつ盲目的な行動については、評価していなかったようだ。

*  *  *


要吉と朋子は、日を改めて、朋子が懇意にしている禅寺で待ち合わせる事を約束して別れた。
要吉は、以前朋子が自分には女の欲求(性欲)が全く無いと語った事を思い出し、その言葉と彼女の行動が全く裏腹な気がして、その心理分析を始める。

彼女は自分の肉欲の深さを内心では自覚していて、それを嫌悪するがゆえに「自分は女ではない、全くそういった欲求が起こらない身体だ」と言葉にする事により自分を誤魔化し、その言葉と行動のちぐはぐさが男を翻弄してしまうのではないか、と。

この分析は、あながち空想とは言えない気もする。
そして要吉は、自分が罪を犯してしまったら、後に残された女達はどうなるのだろうと思い、やおら愛人のお種の家を訪ねるのだった。
困った事に、この要吉と言う男は、自分の不幸な境遇に自己陶酔する癖があるらしい。よくよく自分が可愛く可哀想なのである。

お種の泣く姿が見たかった要吉の願いは破られた。お種は姉夫婦の家に身を寄せていて遠慮がちに生活していたし、要吉がこれから他の女と心中する気でいるなんて事を知るわけもないので当たり前だ。

決行の当日、要吉は下宿先のおかみさんに、遠出をするのでしばらく帰らないかもしれないと言い置いて約束の寺へ向かった。
朋子と落ち合い、さて決行の得物はどうしようと相談すると、朋子は自宅に短刀があるからと、一旦家へ戻って行った。要吉はウイスキーの大瓶を一本買ってから、田端の料理屋(待合?)で、朋子を待つ事にした。

そうして夜もすっかり更けた頃、人力車を飛ばして朋子がやってきた。もう後戻りは出来ない。


 朋子は終に親の家を棄てた。要吉は人の世に許されざる罪を犯した、あゝ、二人とも失はれた。
 女は男の腕に身を委ねたまゝ長く離れなかった。
「ぢゃァ直に。未だ終列車には間に合ふ。」
 朋子は頷頭いた。其儘二階を駆け降りて、戸外へ出たが、終列車は恰度凄じい音を立てゝ停車場へ着く。二人は轉ぶ様にして暗がりの坂を降りた。停車場の入り口へ着いた時、死ぬ場所と云ふことが此間際に成って急に頭へ泛んだ。
「山か、海か」
 要吉は聲に力を込めて叫んだ。
「山」と、女は一言答へた。


――つづく




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2012年06月16日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その七

要吉は妻を故郷へ返し、翌日久しぶりに金葉會へ顔を出した。帰り道、朋子と一緒になり道々歩きながら話しをすると、なぜか朋子は要吉の家に不幸があった事を知っていたが、要吉は自分の家庭人としての顔を知られたくないのか、話題を彼女の方へと振ってしまう。
彼女は浅草の禅寺に、友人の女性と共同で一部屋借りており、手紙類もそこへ送らせていた。禅じみた受け答えをする朋子に要吉は苛立ちを覚えつつも、執着していた。

心を通わせる会話もなく二人は別れたが、翌日の朝食を前にした要吉に、おかみさんが驚いたように来客を告げる。
朋子が家までやってきたのである。

要吉は向かい合った朋子に、取り留めのない哲学的な問をふっかけるが、朋子は答えないどころか、来意も告げずに席を立った。

「ね、先生は是迄他人の夢を自分が見るやうな氣のしたことは御座いませんか。」
「他人の夢を自分が見る?」と、要吉は只繰返した。
 朋子はしばらく土間に立って思案している様に見えたが、急に頭を下げて、後も振向かずに出て行った。

朋子の態度に混乱し、悩みを深くする一方の要吉は、友人の神戸の家を訪ねるが、神戸は金葉會に参加していた若い娘との恋が終わったところだった。
神戸も妻帯者で、恋の相手は朋子の友人でもあった。要吉は、朋子との関係を終えるにしても、その幕切れだけは良くしたいと思った。

この後、またページに欠けがある。
要吉と朋子は金葉會の行われる教会の階段で、再び顔を合わせるのだが、上から降りてきた朋子は自分を見上げる要吉の顔を見て、突然はらはらと涙をこぼす。
朋子の一連の行為は、要吉の心をあちらこちらへ振り回し圧倒するが、彼女が要吉に恋愛感情を抱いているのか否かは、要吉も読者も分からないのだ。

教会の一室で、再び要吉は朋子に愛の告白をし、折り重なるやうに二人の……。キスでもしたのだろう。

「私は負けた。あゝ、最う私は――」
 女は男を押し除ける様にして立上がった。
此女の愛は――愛は此女にとって勝利でなうて敗北である。自分が此女に愛せられるのは、此女が負けた時である、血汐の中にのた打ち廻って居る時である。そんな風で愛せられるのが、何の嬉しからうか。

要吉は、朋子に敵意を感じながらも、狂いそうなほどの情熱と自己愛を内部で滾らせている朋子に、この女の贄になっても構わないという共依存的な気持ちを抱いたのか、彼女の人生の決着をつける手伝いをしたくなったのか、思わず怖ろしい言葉をつぶやいた。

「私は殺せる、貴方なら殺せる。」
女は泣いていた顔を上げ、小さく「其日は?」と尋ねた。

全く心が通っていない二人は、ほんの気まぐれのように心中の約束をしてしまうのだった。



――つづく


posted by 風花散人 at 23:19| 北海道 ☔| 煤煙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月14日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その六

第4巻は、要吉の妻と下宿先のおかみさんが、要吉の子供を医者に連れてゆくところから始まる。
具合が悪い赤ん坊の事より、若干メンヘラチックな朋子の事で頭が一杯の要吉ではあったが、翌日子供が危篤に陥ると、初めて親身になって病院や医者を探し、東京を駆けずり回った。

この当時の乳幼児は、感染症で亡くなる例も多かったのだろう。相談を受けた医者達は入院を拒み、数日後、長女の夏子は儚くなる。
ちなみに、この家は樋口一葉女史の住んでいた家で、赤ん坊の亡くなった部屋は、まさに一葉女子の臨終の場でもあったそうだ。

赤ん坊が亡くなってから、要吉は妻がよそよそしくなったように感じた。もし、遺骨を持たせて故郷へ妻を見送ったら、それが夫婦の最後になるのではないかとも感じていた。
そして、また朋子から、禅問答のような自己陶酔気味の手紙が届くのだった。

「さりとて君は今何を為したまふか何を思ひたまふか、我には暗闇のことにて候。互に遠き世の思ひに候。想像せむも怖ろしく候はずや。されば君が眼とわが眼を相會せる時、近寄り難き二つ世の思ひの術なさよりは、却々に今は心易くも覺え候。半月の沈黙は自らつくりなせる虚構の世界に對する執着をいよ/\増申候。わが最後の息はこの世界の外ならじと迄誓ひ申候」

この後、一部ページに欠けがあるのだが、要吉は妻に、故郷へ行くか、と無造作に尋ね、妻はただ、はいと答えるのだった。

 妻を捨てるのは妻を愛せむがために外ならぬ。
 要吉は自分にもそれを承認させ様として、幾度も心の中で繰り返した。別れて後こそ、妻を愛する心も彌々募るだらう。永く女を愛して變るまいと思へば、其女を捨てる外に道はない。唯、そんなにして迄女は男から愛されたいものか、如何だか分からない。それに附けても、男の愛といふものが、愛せらるゝ者のために愛するのではなく、愛する者自身の為に愛するのだと言ふことは爭はれない。それが又如何することも出來ないものであらう。

遺骨を持った妻を駅に見送った時、要吉は妻に泣いて欲しいと思っていた。自分に取りすがって泣き、そして自分を憐れんで欲しいと。
どこまでも自分に甘く、女に優しくされる様を夢想する要吉は、精神的発育不全の若者のようである。

しかし、大人しい妻は、娘の遺骨の入った小さな箱を膝に乗せ、ただ「貴方もご機嫌好う。」と要吉に言っただけだった。
要吉が亡き我が子を悼んだ言葉は、一言も記されていない。


――つづく



posted by 風花散人 at 23:28| 北海道 ☔| 煤煙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月13日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その五

要吉は手紙で朋子を呼び出し、翌日の午前中に連れ立って料理屋に向かい、そこの奥座敷で改めて二人の関係について話し合った。
彼らは観念的で理屈っぽいが、同時に無計画で情動に流されやすい。

要吉は朋子の手を取り、愛してくれないならせめて憐れんでくれ、欺いてくれと懇願するが、朋子は押し黙ったまま何とも答えない。
焦れた要吉は、彼女の掌に酒を注いで、それで酒を飲ませてくれと戯れ、その戯れ事に朋子の唇もほころんだ。

この時垣間見えた彼女の前歯は、一枚ごとに金歯になっていてキラキラと光ったそうだ。(歯の治療法としての金歯は、当時のお洒落でもあった)

尚も自分を愛してくれと掻き口説く要吉に、朋子は「私は女じゃない」と言って泣き崩れた。
この言葉の意味は押し量りかねるが、己を捨てて男に没頭できるタイプじゃない、という意味だろうか?
「私は最う貴方を自分の方へ引込まうとは云はぬ。何處でも可い、連れて行って下さい。私は貴方の行く處へ行く。」
「來て下さい」と、堅く男の手頸を掴むで引寄せた。掴まれた跡が痛い。此世に怨恨を残して死んだ亡霊が行逢ふ人を手當り任せに黄泉の國へ引擦り込むやうな氣もする。
引寄せられて、要吉は固より幸福ではなかった。けれども、斯う成っては最う仕方が無い、如何することも出來ない。
出されていた膳に手を付ける事もなく店を出た二人は、道を歩きながら砲兵工廠の煙突から流れ出る煤煙の動きに目を留めた。
朋子は煤煙の立つのを見るのが好きだと言って、うっとりと空を眺めていた。

彼らはその後も、手紙のやり取りをし、会合の時には顔も合わせた。同じ女から来る手紙が、普通の通信ではないだろうことを、妻も下宿先のおかみも気がついていたが、何も言わずに要吉に手紙を渡していた。
朋子にのぼせ切っている要吉は、家人の気持ちを考えてやる気はさらさらなく、世間知らずで自己愛の強い朋子は、要吉の妻を思いやる心を持たない。

ある夕方、朋子から手紙で呼び出された要吉は、朋子に執拗なほど自分を愛してくれと迫った。
「貴方は私を愛するんだ、愛せずには居られない。」
 要吉は執拗く繰返した。
「私覺悟しました」と、朋子は始めて口を開いた。手早く包みの中から短い小刀を取出して、要吉の手に握らせた。
「これで何処でも可意から、私の肉を裂いて−−血を啜って下さいまし。それより外に、両人が一つに成る道はありません。」
 要吉は小刀と一緒に女の手を支へたまゝ小時物が言へなかった。肉を裂いて血を啜る。趣味としても可厭な趣味だ。一種の偏狂(モノマニア)かも知れない。
要吉は、恋の成就の為に心中をしようと誘われるならともかく、ただ彼女の為に彼女を手に掛けるのはご免だと思った。
家で心配しているだろうからと、二人は別れてそれぞれの家に戻ったが、要吉の家には、留守の間に朋子の母親が娘を探しに来ていた。
涙ぐむ妻を見て、要吉が再び憐れに感じるところで3巻は終わる。

−−つづく



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2012年06月11日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その四

眞鍋朋子のモデルである、平塚らいてうこと平塚明子は、裕福な家庭に二人姉妹の妹として産まれた。日本女子大を卒業した後も、禅寺に通い文学講座に通うなどし、生活の苦労など知らない恵まれたお嬢様だった。

この時代、女学校を卒業したら結婚するのが良家の子女のあり方であったが、肥大した自意識を持つ彼女は、何かしら自分らしい生き方をしたいという思いだけは強かったようだ。

恋愛経験が殆ど無かった彼女は、年上の既婚者で文士志望の講師なら、自分の最初の恋の相手に相応しいと思ったのだろうか、もしくは本当の恋愛は二の次で、この男との交際が、自分を変えて、大人の女として飛躍する為のジャンピングボードになると考えたのだろうか。

*  *  *

眞鍋朋子は、小島要吉に手を引かれて、暗い上野公園の森の中へと歩いて行くのだった。
そして石に腰掛けた二人は、伏字だらけだがキスをする。(多分、レストランの中で一度している)

――朋子は其儘男の胸に顔を埋めた。よゝと泣く。
「如何した、え、如何したんです。」
「如何かして、もっと如何かして。」
…………。(以下、伏字略)
譫言のやうに口走って、手當り任せに……。
其聲は嗄れて、其手には狂人の様な力が籠った。要吉も稍たぢろいだ。
「如何すりゃ可いか、如何することも出來ないぢゃ無いか。」
「いやだ、/\、如何かして、如何かして仕舞って下さい。」
………、………。

狂乱して泣く朋子に対し、何か違和感を持つ要吉であった。
彼は朋子を抱いて、また芝居がかった口説き文句を言うが、朋子は要吉に何一つ心情を語らないのである。
彼らはまた会う約束をして、それぞれ家路についた。

帰宅し、妻のおどおどした様子を見ても、要吉は何の後悔も感じない。ただ少し、妻が哀れに思えるだけであった。

そして、次の逢引の約束はあっさり破られ、あちこちウロウロして帰宅した要吉に、家人が手紙を渡す。朋子が直に手紙を届けて来たのだ。
その長い手紙は、如何にも文学好きで禅を学んだ若い娘らしく、小難しい割には乙女チックな自己陶酔に満ちた、読む者に不親切な分かりづらい内容だった。

自分で造り上げた氷獄の裡に、前も後ろも左も右も雪々、氷塊氷雨の音絶えず、其中で遊ぶのです――堪へられるだけ堪へて凍死するのは面白い様です。己の如く天地を化し了らうといふのは人間誰しもの欲求でせう。若し先生の世界が私と合致したらば、氷獄の氷れる戸を開いて迎へます、喜んで何でも致します。


要吉は、この小娘の挑戦的な恋文に、出し抜かれたような屈辱と憤りを感じながらも、あの夜の女の様子を思い出して欲情した。


――つづく





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2012年06月08日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その三

朋子が本を返しに、要吉の家まで行く約束をしたが、要吉はそれを逆手に取り、外で待ち合わせて神戸の家に行こうと予定を変えさせた。何の疑いもなく要吉に同行した朋子だったが、要吉は彼女を神戸の家には連れて行かず、自分の行く所まついて来てくれと頼むのだった。

要吉は妻にも愛人にも息苦さを感じ、鬱屈した気持ちで日々を送っていた。新しい誘惑は、それを打破してくれると手前勝手な望みを抱いていた。
朋子とあちらこちらを歩きまわり、疲れて一軒の茶屋で休んだ時、要吉は臆面もなく彼女に恋の告白を始める。

「私は教會であなたのお目に懸って、貴方の側に座って、貴方の聲を聞くたびに、他人に云われない苦痛を甞めて來た。私は今こんな事を貴方に打明けたとて、決して貴方から何物をも求めるのぢやない。況して貴方の前途を如何しやうといふ考えなぞは少しもない。何の希望もない。何の目的もない。それは全く絶望的な執着です。私はただ貴方に會って、此事を白状して、若し貴方の心の隅に私といふものを記憶してさへ貰ったら、それで充分です。私はそれで満足します」


要吉の芝居がかった告白に、何の感動も受けなかったかのように見えた朋子は、その茶屋を出て二人で歩き出した時、意外にも、そんな気持ちを抱いたのは先生より私の方が先だったと率直な告白をした。

二人が取り留めのない話しをしながら、また電車に乗り、牛込停車場で降りたところで二巻が終わる。


第三巻は、朋子の告白に気を良くした要吉が、彼女を洋食レストランに誘うところから始まる。
途中で帰りたがった朋子を説得し、彼らは九段の富士見軒のテーブルに着き、ウィスキーとキュラソーを飲み始めた。
要吉は、彼女にどんどん欲望を燃やしていくが、彼女の気持ちは分からないままだ。

この後、おもわせぶりに…………。…………。……………。と言った、伏字めいた記述が続く。点々が終わった時には、何か二人の間にアクションが起こり終了したと言う事だ。

レストランを出て、彼女を家へ送ろうと歩き出した要吉に、朋子は突然態度を変えた。

「私、此儘ぢゃ否、このままぢゃ帰らない。」
要吉は女の顔を覗き込むやうにして、相手の心を読もうと焦燥った。
「ぢゃ、如何しやうと云ふのです。」
「如何かしたい、如何でも先生の為さる様にしたい。」
「それぢゃ何處へでも行きませう。」

女にこんな事を言われたら、男が期待しないわけがない。
彼らは又電車に乗り、上野公園まで行くのだった。日はもうすっかり暮れてしまった。


――つづく






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煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 そのニ

「煤煙」は、森田草平の経験を描いたものではあるが、結局は小説なので、書かれた事が全て真実とは考えにくい。平塚らいてう側からしてみれば、小説に書かれて世間に発表されるのは不快でも不本意でもあっただろう。

第二巻の半ばから、二人の距離は縮まってゆく。
要吉がリュウマチに罹り入院している時、神戸に連れられて眞鍋朋子が見舞いに現れ、要吉からダヌンチオの本を借りて帰る。
彼女と入れ違いに、赤ん坊を抱いた妻の隅江が病室へ入ってくるが、せっかく郷里から看病に来てくれた妻に対して、要吉は田舎じみた妻の姿を朋子に見られた事が不愉快で、またそのような浅ましい考えを抱く自分自身の心持ちをさもしいとも感じていた。
そして、妻が娘を連れて上京したのを潮に、ふっつりと愛人のお種は姿を見せなくなる。

その後、要吉は朋子の書いた「末日」という小説を読み、それに批評の手紙を書いて投函する。ほどなく彼女から批評に対する礼状が届いたが、この頃から要吉は朋子に強い興味を抱くようになってきた。
金葉會の開かれる教会の中で、ひとり要吉がピアノの前に佇んでいると、いつの間にかその部屋に朋子が立っているのに気づく。


「貴方は、如何考へておいでですか。」
「何で御座います」と、朋子はそっと洋琴の端へ手を掛けた。
「戀の話ですよ」と早口に言って、女の顔を覗く。
「はあ。」
「笛の歌口を強く吹き込む様に、一人の女を劇しく想ふのが眞の戀でせうか、それとも洋琴の鍵盤の上へ指を走らすやうに、女の唇から唇へ早く移って行って、其間に諧音を見出すのが眞の戀でせうか。」
「そんな事は」と、朋子は静に見返しして「先生だけは既う極って被座しゃるのだらうと思って居ました。」
 要吉は何とも云ふことが出來なかった。朋子の態度は落着いて居るが、顔だけはやヽ赧らめて、黒みがヽった唇が愈黒ずんで見えた。


要吉は、妻と愛人の二人を扱いあぐねているのに、新鮮な若い女が目の前に現れた時、まるで身軽な独身男のように気障な口説き文句を吐いてしまう。
朋子はそんな男に興味を持ったのか、自分から借りた本を返しに家へ行っても良いかと尋ねるのだった。


――つづく





煤煙
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2012年06月06日

煤煙-森田草平と平塚らいてうの道行 その一

森田草平は、夏目漱石門下の作家、翻訳家であるが、今日あまり読む人もいないだろう。1881年に生まれ、1949年に没している。
高等学校時代に、女性との同棲が発覚して放校された事もあり、恋愛をすると猪突猛進するタイプだったようだ。

彼は帝国大学を卒業した後、一時郷里に戻っていたが文学を志し、妻を田舎に置いて縁故を頼りに上京し、夏目漱石の門下に入った。

妻に子供が産まれた時、彼は下宿先の出戻り娘と関係が出来ていたが、妻と愛人に対する愛情が薄れて来た頃、友人の生田長江と二人で主催した文學研究会である、閨秀文学会に参加していた平塚明子と出会った。
この当時、草平は26,7歳で明子は5歳年下であった。

この平塚明子(はるこ)が、後に女性文芸誌「青鞜」を立ちあげ、女性解放運動家となる平塚らいてうである。
森田草平と平塚らいてうの出会いから、心中未遂(塩原事件)までの経緯と、心理を描写したのが「煤煙」という森田草平の私小説である。

心中未遂事件の後、漱石の元に身を寄せていた草平に、漱石はこのあらましを小説にする事を勧め、トントン拍子に朝日新聞に連載が決まったのであった。内容が内容だけに、デリケートな部分は明確に記述されていないが、1909年元旦から5月まで連載されたそれは大衆に喜ばれ、その後全四巻に分けられて刊行された。


*  *  *


第一巻は、夏目漱石と森鴎外が序文を飾る華々しさであるが、内容は主人公である小島要吉の生い立ちと家族についての描写が主となっている。
資産家でありながら、男に金を搾り取られ虐待され、しかしその男から離れられない未亡人の母親。自分の本当の父親なのではないかと怪しみ憎む、母の男。
子供を産んでやつれた妻と、顔を見ても愛情のわかない産まれたばかりの娘…。要吉は、久しぶりに訪れた郷里を、慌ただしく後にして、東京に戻るのだった。

第二巻は、下宿先のおかみさんの娘で、十六で結婚したが、子が出来ない為に婚家から返された同い年の女、お種の話しから始まる。
同情から親しくなり、いつしか男女の関係になったが、既に興味は薄れていた。

妻に子が産まれた事もあり、お種の母親からは、あなたから諦めさせるようにはっきり言って欲しいと釘を差されるが、悪者になって女を失うのも惜しいのか、要吉は曖昧な態度を取り続ける。
そんな時、要吉は「金葉會」の参加者である、眞鍋朋子と顔を合わせた。

 会の講師で友人の神戸(かんべ、モデルは生田長江か)と、こんな会話を交わす。

「何といふ名だい。」
「眞鍋朋子。」
「朋子、左様か。」
「併し間違ひとしちゃ面白いね。如何して又君にはあゝ云ふ顔が氣に適るのだらう。」
要吉は自分が物笑ひに成った様な氣がした。
「あの眉と眉の間の暗い陰は、誰の目にも附くぢゃないか。冥府の烙印を額に捺したやうな。一度見りゃ一生忘れられない顔だ。」


ファム・ファタールとの出会いである。

――つづく





posted by 風花散人 at 22:25| 北海道 ☔| 煤煙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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